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締めにかかる

少しずつ?
いや、最近は目に見えていい方向に進んでいると思う。

2015年に始まったサウンドトレジャー、実質来年で終わらせる。

この名前は、もっとアマチュアの方参加型のレーベルとして残していくことに決まったのだが、2015年、2016年から一緒に始めた歌手の方には、やはりしっかりしたスタイルを持って欲しいと思い、最後のアルバム制作に取り組んでいる現状。

しかし今はCDをリリースしたからプロでは無い。

しかしプロってなんだろう?

音楽に関してはプロである前に、歌が上手いだけでなく、音楽に取り組む姿勢をしっかり持つことだ。

やはり自分の音楽性が何かをしっかり掴んでいる人。

なんでもかんでも歌いますの前に、自分の歌をしっかり歌って人に聴かせる。

それが出来ないとプロでは無い。

その道で食ってる人をプロとも言うが、真のプロは音楽に対してどんな苦労も訓練?もしっかり出来る姿勢を持った人だと思う。

人それぞれ好きな音楽がある。
しかし、その好きな音楽をしっかり掴んでいなくて歌っている人があまりにも多いのには驚いた、

音楽を知らなさ過ぎる。

これでは引き出しが無いから自分を伸ばす力も無い。

しかしそんな中でもサウンドトレジャーの歌手の人達はこの4年間で素晴らしく変わられたし努力をされたと思う。

まず鶴見尚樹さんと叶茉利子さんがラジオラジオ番組を持った。

これは誰でも出来ることでは無い。
今朝も鶴見さんが自分で作ったフライヤーを送って来てくれた。

叶茉利子さんも同じ。

パソコンも購入して、ホームページも9月からは自分で管理しようとしている。

俺の音楽環境とは違うが、しっかりした自分の音楽の道を作る方向に歩き始められたと思う。

人それぞれ違うが自分の音楽は自分で作るしかない。

ここから後はみんな一人でやること。

俺もこれ以上一緒にやっていたら押し付けることしかないし、押し付けるのも嫌なこと。

第一期サウンドトレジャーはいい形で幕を下ろせそうだ。

音楽は作品をリリースすることより続けること。

アルバムが出来たら末永く音楽を続けて欲しい。

それだけで充分。

いよいよ締めにかかります。

Last Work

やはり違う畑を歩くのは無理がある。
あぜ道しか歩いていない。

約5年になるが、自分としては違う畑に飛び込んで耕して何かを植えて来た。

しかし育たない。

何故か?

自分に責任があるということがよく分かった。

やはり好きな畑を大切にしないといけない。
この5年、その好きな畑を遠くから眺めていた。

しかし今年になって好きな畑に戻って、たまに違う畑に通うようになった。

すると育ってきた。
それも東京というあまり足を運ばなかった東京の違う畑で!

昨年から東京をベースにして違う畑の曲を書いて預けている。
今年になってその違う畑から面白いものが飛び出してきた!

「BASUE」という曲を書かせてくれたRev(仮名)と「MASHOW ~魔性~」を書かせてくれたSAMI(仮名)。

二人ともシンガーソングライターで10年以上ステージを踏んできている。

先日、Revの「BASUE」を聴いた。
鳥肌が立った。

何がいいか。
ハート、そして表現力、全てが人を引き寄せる。

そしてピッチも外さないしリズムもグルーブがうねっていてたまらなくいい。
基本がしっかり出来ている。

これを聴いたら俺もやる気が出ると言うか、すぐに3曲書いて渡した。

完全にRevが書かせてくれた。

やはり生き方がブレていないのが歌に出ている。

SAMIも同じ。
基本が出来てるから、ピッチやリズムなど何も気にしなくて聴ける。

彼女は今年三十路になるがやはり音楽をやることにブレていない。

やはり本当に音楽が好きなんだろう。
話していても伝わってくる。

正直なところ、今、この東京の環境に救われている。

北陸で5年間やってきたが、これもそろそろ潮時。
アルバムを作って一段落することに決めた。

これ以上北陸の環境で音楽を続けていると、人に何かを押し付けてしまいそうだから。

音楽は押し付けてはいけない。

やはりその人の音楽性を大切にして音楽をやらなくてはならない。

北陸での5年間は本当にいい勉強になった。

あとは北陸のみんなが自立して自分でやっていく事で、みんなの音楽を続けていける素材は提供出来たと思う。

それだけで充分だ。

北陸のアルバム制作を終えたら北陸は閉店。

やっとその決心がついた。

残りの北陸の仕事、全力でやらなくては。

そして北陸に良い作品を残したい。

先が明確に見えてきたな。

おまえはアホか!

楽曲を提供している歌手が、「その曲、女性用のKeyに換えてお願いします。」と。

ここまでは良かった。

そのあと、「そういうの直ぐに出来るんでしょ!」と?

俺はすかさず、「おまえはアホか!」と言ってやった。

これだからカラオケ育ちの歌手はたまらん。

そいつはちょっととぼけたヤツだからまだ笑って許せたがたまに切れそうになる。

Keyが変わったら楽器っていろいろ考えないといけないことがあるんだと分かって欲しい。

カポタストでどうにでもなるってわけじゃない!

胸にパットを入れて大きくなるだけで片付くような物ではないだろう!

そこのところだ!

平成から令和に!

平成から令和に!

平成の終わりはリン・チェン・ハオーのレコーディングで終わった、

なかなか充実した平成最後の日を過ごせることが出来た。

今日は午前中に結城ひろしが約半年ぶりにレコーディングした。

今日は病み上がりということで、探る程度と考えていたが見事に裏切ってくれた。

想像以上に復活、いや、以前より力を抜いて丁寧な「雨夜」を歌った。

その歌は心がこもって、まだまだな所はあっても人に聴かせる歌だった。

完全にこれまでとは違う立ち位置で歌っていた。

それは歌詞を完全に自分に叩き込んで歌う歌だった。
歌詞を目で追う歌では無かった、

これまでみんなに言ってきたことだが、レコーディングとなると緊張して歌詞が出なくなるからと言って譜面立てに譜面を置いて歌うことが多い。
しかし今日の結城ひろしはそれもせず、間違わずに歌い切った。

当たり前のことなんだがレコーディングとなるとなかなか出来ない。

以前からそうやって歌う人もいるが、やはりみんなに歌詞を目で追いながら歌うことはやめて欲しい。

平成最後の素敵な贈り物だった。

そしてリン・チェン・ハオーは天埜めぐみのリードで‘ 無い色気’を引き出し(笑)以前よりいい歌を歌った!

みんなとても歌を研究して歌いこんでいることが分かるので作家としては嬉しい。

最近、みんなと話していることが、視野を変えて自分を見ようということ。

平成、たしかに戦争も無く良いことも多くあったが、災害は、あちらこちらで起こり大変な時代だった。

それと、携帯電話、スマホなどの急激な進化は本当に良いことだったのかと疑う。

世の中のあらゆるものが見えるようになり、簡単に手に入る時代になったが、見えなくても良いものが簡単に見え、簡単に手に入ることで価値観が無くなった時代でもあった。

人が見えすぎる光景にも疑問を抱くようになっていた。

人との繋がり、これも多くの人と繋がるツールがあるのはいいが、本当に自分に必要なものだろうかと考えていた。

そして昨日、Facebookのアカウントを削除した。

自分としては一方通行で宣伝を中心にしていたので、人の投稿は一切見ていなかったこともあり、場合によっては失礼に当たるかとも思ったのも削除した一つの理由。

本来なら削除してもしなくてもいいのだが、新しい時代を白紙で迎えたくて削除した。

そう、もう還暦も過ぎたが、この歳なら白紙にしても下地に模様がついているだろう。

その模様の上で改めて自分を見つめて令和を生きようと決めた。

昭和30年、平成30年。
キリよく時代を渡らせて頂いている。

Heavy Birthday

この春をどう過ごすかは自分の心次第。 
「春」、歳を重ねるごとに重くなる季節だった。
“ だった”と書くからには過去のこと。

いや、今年の春で重い春は終わらせる。

その為に書いた曲が「桜」。

今年の3月19日、母が亡くなって18年になる。

私は親孝行と言うことをひとつもやっていない。
しかし私の娘は昨年、私の還暦の誕生日に結婚式をグアムで挙げて招待してくれた。

もうこれ以上無いような親孝行を娘から受けた。

嬉しかった。
しかしこの娘の親孝行が私に与えてくれたのは喜びだけではなかった。

それは「反省」だった。
そして「後悔」だった。

そして母に何一つ親孝行していない自分を恥じた。

音楽を続ける。
これは母のおかげで出来たようなもの。
しかしその音楽で母を喜ばせることは出来なかった。

母も音楽は好きで音楽の価値をよく分かっている人だった。

だから母は音楽を続けることで何一つ文句を言ったことも無かった。

しかし音楽を続けてきたと言っても自分の好きなことを続けているだけで自分一人食べていくだけで精一杯。

食べていけない時は母に助けて貰ったことも多々あった。

こんなことやって続けて来た音楽に本当に価値があるのか?

約10年前、そんなことを考え始めるようにもなった。

しかしよく考えてみたら自分には音楽以外に出来ることは無い。
いや、あるだろう。
その気になれば。

しかし、ここまで続けて来た音楽、力を貸してくれた母の為にも自分の音楽のやり方を変えて続けようと思うようになったのは五年ほど前。

それから自分のスタイルを変えて曲を作り楽曲提供をするようになった。

そして2016年、「冬はアトリエ」と「春はアトリエ」という曲で、母が闘病して亡くなった冬と春を描いた曲を書いた。

「冬はアトリエ」は鶴見尚樹さん、「春はアトリエ」は寒雲さんが歌って下さっている。

しかしこの二曲、その季節をぼんやり描いただけで、歌詞の中に母の存在を明確にしていない。

しかし今年書いた「桜」は母の存在を歌にしっかり刻んで書いた。


では何故この「桜」を書こうと思ったか?

それは、もうこのような重い春にピリオドを打つため。

還暦を過ぎてどうも心の中の景色が変わりつつある。

これまではスルーしていたことが出来なくなって来ている。

「反省」と「後悔」ばかりが後に着いてくる。

「反省」「後悔」も必要なことではあるのだが、もう後戻り出来ない自分の人生。

還暦を超えた今こそ前向きに貪欲に生きなくてはならないのではないかと判断した。

その為にもこの春、しっかりと「反省」と「後悔」をして、この重い春を終わらせようと決めた。

その「反省」と「後悔」、そして母への謝罪の気持ちを込めて作ったのがこの「桜」となった。
そしての自分を戒める為にも。

しかし聴いてみるとやはり重い曲になってしまった。

余計なことは考えず書き並べた言葉の意味に合うようなメロディーを付けた。

実はこの曲、別に書いた曲を修正したものだ。

本当は違った形で「桜」をテーマにした曲にしようと思っていた。

しかしそれを変更して歌詞を変えて、そしてメロディーも変えて出来上がった曲だ。

そして今回は作詞で天埜めぐみさんに少し力を借りたが、オケは打ち込み中心で自分一人で手掛けた。

この曲、聴く方には迷惑かも知れない。
人に聴いて貰おうという気持ちは考えず、自分の「反省」「後悔」「謝罪」の気持ちを埋め込むような気持ちで作った曲だから。

そして3月19日の母の命日ではなく、3月15日、母の誕生日に配信リリースして贈ることに決めた。

こういう曲を残すことで、自分にもしっかり刻む。

残りの人生、どれだけか分からないがこれからはもっと心を大きく多くのことを受け入れ、母が続けさせてくれた音楽で人に喜んで頂けるよう人生を見つめ直すことに決めた。

誕生日、おめでとうございます。
そして最後に凜香と花梨。短期間の間によく歌って下さりました。
御礼申し上げます。

 「桜」凜香と花梨 配信中!

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