「出たら芽」新しい風〜…8

年も明け令和二年。

加賀百万石金沢の南側のサウスクボカイナに住む歌人、木村食之助の元にある人物が訪ねてきていた。

それは今川義元、広瀬小立野守チャボ、そして天徳院に居候している茶々であった。

今川義元と結城禿晴の戦を食い止める為に今川義元に曲を書いて欲しいと頼みに来ていた。

当然土産物は上方の‘ 551の豚まん’だ。

これを持って来ないと話が始まらないことは承知の上で茶々が上方の石田三成に頼んで取り寄せたのだ。

しかし木村食之助は今川義元に曲を書く事にはイマイチ乗り気でなかった。

その理由はこうであった。

今川義元に木村食之助が言った。

「どうせあんた今年の大河ドラマに出て直ぐに討たれて終わりでっしゃろ。そんなお方に曲を書いてもなあ。」

と。

すると今川義元は、

「いや、あれは役者の片岡愛之助を影武者にしておるからワシは大丈夫なのじゃ。心配は要りませぬ。」

すると茶々が、

「なんとか今川義元殿に一曲お願いします。」

と。

すると木村食之助が、

「まあ、直ぐには無理やから時間をくだされ。なんとか考えまっさー。」

と軽率な関西弁で答えた。

すると茶々も、

「まあ、よろしゅうたのんまっさー。」

と調子のいい関西弁で答えた。

さてその頃、越前の朝倉氏の元に身を寄せていた結城禿晴は未だに尿道カテーテルを付けたままでご機嫌に暮らしていた。

最近は尿道カテーテルに対する抵抗も薄れ、逆に便利だと思うようになっていた。

それを周りの者に、

「ほうれ、ワシは何処でも用をたせるのじゃ。ほれ、ここでもじゃ!ほれ、ここでもじゃ!」

と尿道カテーテルを自慢しておる始末。

そんな禿晴を見て周りの者も、

「それはいいのお!ワシも付けたいのお。」

と結城禿晴の尿道カテーテルを羨ましく思う者まで現れた。

結城禿晴がご機嫌な理由は他にもあった。

なんと年が明けて結城禿晴は初音ミクと共演した「ぼったくり ~度胸少量入り~」という曲を発表して調子にのっていた。

木村食之助が結城禿晴の曲を初音ミクに歌わせて、そこに結城ひろし(禿晴)の歌も重ねたのだ。

まずはそれを聴いて頂こう。

「ぼったくり ~度胸少量入り」
初音ミク feat. 結城ひろし

音宝(サウンドトレジャー)のオンデマンド配信サイトで無料ダウンロード出来るので遠慮なくダウンロードしてくだされ!

結城ひろし、結城禿晴が歌を嗜む時の芸名だが、この結城ひろし、最初は初音ミクの存在も知らず、

「この人の歌…」

などと言っていたのだが、初音ミクがアイドルをも凌ぐ大物だと知ると周りの者に、

「俺はミクちゃんの友達だよ!」

などと言いふらしていた。

恐らく電話番号も知らないのにスマホの電話帳にも名前だけ入れていたに違いない。

結城ひろしこと結城禿晴は今川義元との争いなど忘れて越前一乗谷で調子にのっていた。

そしてその一乗谷で大変な事が起こった!

なんと朝倉義景が尿道カテーテルを装着したのだ!

最近頻尿に悩まされていた朝倉義景は結城禿晴の尿道カテーテルを見て最も羨ましく思っていたのだ。

朝倉義景はこっそり加賀百万石金沢の小立野の医師、伊織を訪ねて尿道カテーテルを付けて帰って来たのだ。

これを見た家来たちは、

「殿が付けたのであればワシもワシも!」

という流れが起き、家来たちだけではなく、朝倉義景が納める越前一乗谷では町人迄もが尿道カテーテルを付けたのだ。

令和二年、越前一乗谷の城下町では尿道カテーテルを付ける事が当たり前となりつつあった。

それは周辺の街にも知られるようになり、加賀の瓦版屋の鶴見美川守薄毛の耳にも入った。

薄毛は自分のラジオ番組「つるみんのヒヤリなSOUNDすていしょん 」でこの話題を取り上げようと思い、越前一乗谷に車を走らせていた。

さて、この「つるみんのヒヤリなSOUNDすていしょん」は叶丸子太夫の「Maty-k の Friday ミュージック」と同じ時間、毎週金曜日夕方5時からたんなん夢レディオにてオンエアーしている。

http://tannan.fm

第一第二金曜日は、「Maty-k の Friday ミュージック」。
第三第四金曜日は、「つるみんのヒヤリなSOUNDすていしょん」

そしてサウンドトレジャーのオンデマンド配信サイトにて期間限定でオンデマンド再配信している。

聴いてくだされ。

令和二年、加賀百万石金沢では今川義元が歌を嗜もうとしている。

そして越前一乗谷では結城禿晴が尿道カテーテルを広め、町に新しい風を吹かせている。

この両者の争いはまだ予断を許さないが、新しい風が吹き始めた事には違いない。

鶴見美川守薄毛は車を走らせながら、木村食之助より貰った新曲、「晩酌」を歌いながら嫁に詫びていた。

もう酒癖が悪いと言われぬようにと心に誓って国道8号線を走っていた。

つづく(多分)

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