「出たら芽」鍵を握る三つの数字‘ 551’!…7

加賀百万石金沢の小立野の天徳院では今川義元と武田勝頼が話し込んでいた。

そこにはこの天徳院に住んでいる珠姫、そして茶々もいた。

武田勝頼が、なんとか結城禿晴との戦をやめるよう今川義元を説得していた。

傍で話しを聞いていた珠姫と茶々も、この争いが収まるよう願って聞いていた。

しかし今川義元は勝頼の話など全く聞く耳を持たない様子で、今川義元と結城禿晴の争いは収まる気配は無かった。

それでも武田勝頼は二人の争いを収めようと説得を続けていた。

そんな時、珠姫が、
「あっ、忘れてた!ラジオ!」
と言って慌ててラジオをつけた。

すると加賀百万石金沢の夜の町奉行、茨木長坂守大光(いばらきながさかのかみおおひかり)のよく通る大きな声が聴こえて来た!

茨木長坂守大光がラジオに出演していたのだ!

この大光も歌を嗜んでおり、ちょうど新曲「すきよ金沢」をリリースしたところでラジオに出演していた。

歌好きの珠姫は大光がラジオに出演する事を知っていたのでラジオをつけた。

茶々はラジオを聴きながら、

「ねえ、この金沢は近所の広瀬小立野守チャボといい、七十代のジジイがどうしてこんなに元気なの?」

と珠姫に言った。

この天徳院の近くに住んでいる広瀬小立野守チャボの歌声は小立野では知らない者はいない。

自ら詩を書いた「コキ古希ポッキン70才」の出だしの「70才〜♪」というフレーズが小立野の人達の耳に刻まれている。

今朝も広瀬城の天守閣で歌っていた。

「♪70才〜!いつのまにやら70才〜!」

今朝、その歌を聴いて茶々は、

「いつのまにやら70才?いつ70才になったか分からんとはもう終わっとるな!」

と言っていた。

さて、ラジオからは茨木長坂守大光の新曲、「すきよ金沢」が流れてきた。

「♪いい出逢い  ありがとう 逢えて良かった〜♪」

この歌に天徳院の四人は耳を傾けていた。

熱く語っていた今川義元も武田勝頼も庭を見て歌を聴いていた。

武田勝頼がポツリと言った。

「今川義元殿との久方の出会い、いい出会いになればの〜。」

さて話しは変わるが、加賀百万石金沢には‘音宝‘’(おとだから)という音楽制作会社がある。

加賀百万石金沢のサウスクボカイナに住む歌人、木村食之助が作る曲を元に音楽を制作する会社だ。

この茨木長坂守大光もこの‘ 音宝’の歌人だった。

そして広瀬小立野守チャボ、結城ひろし(結城禿晴)、鶴見尚樹(鶴見美川守薄毛)、叶茉利子(叶丸子太夫)もこの‘ 音宝’から作品をリリースしていた。

先程茶々が言っていたが、この「音宝」の七十代のジジイ達が元気だ!

六十代、五十代を完全に圧倒して歌を嗜んでいる。

茨木長坂守大光の新曲、
「すきよ金沢」は2020年1月8日にリリースだが、加賀百万石金沢では12月5日に先行発売している。

Amazonでの予約はこちらより!
すきよ金沢 https://www.amazon.co.jp/dp/B07ZW8WV55/ref=cm_sw_r_cp_apa_i_Yvd9Db2PHAAJQ

広瀬小立野守チャボの作品は既に発売中!
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さて、2019年も終わろうとしている。

武田勝頼は今川義元に言った。

「義元殿、もう結城禿晴との事は水に流して下さらぬか。禿晴も尿道カテーテルを付けたままで居ると聞く。この様な時代に争いごとなど誰も望んでおらん。義元殿と私の父の時代は戦国の世で仕方がなかったのかも知れませんが、今は平和な世でございます。この様に七十代のジジイも歌を嗜んで今の世を楽しんでおられる。義元殿、ここは私の考えを聞いて下さらぬか?」

今川義元は、茨木長坂守大光の「すきよ金沢」を聴きながら少し和んだのか、

「確かにのお。今の世にワシの居場所は無いのかのお?」

と言った。

勝頼は、

「何を言われる!私も義元殿も生き返って今の世に居るではありませぬか。戦など考えずに義元殿も歌を嗜むなどお考えになられてはいかがでござらぬか?駿府では派手に楽しまれていたそうではありませぬか?父から聞きましたぞ!」

義元は、

「そうでおじゃるの。あの頃は公家かぶれなどと言われたが良き時代であったでおじゃる。」

今川義元の顔はこれまでとは違っていた。
昔を思い出したのか、公家言葉が自然に出ていた。
その和やかな顔をしっかり見ていた茶々が、

「義元殿、もう戦は考えずに歌を嗜みましょうよ!私も珠姫殿に勧められています。生き返ったのだから楽しむことを共に考えましょうよ!」

義元は、

「そうじゃのお。ワシが間違っとるよのお。」

それを聞いて茶々は、

「勝頼殿も義元殿も私の叔父、信長に討たれたでありましょうが、その信長も来年末には明智殿に打たれる。それを笑って見ようではありませぬか!討った者も討たれるのじゃ!」

父、浅井長政を叔父の信長に討たれた茶々は言葉に力が入っていた!

勝頼は、

「そうじゃのお!私も信長殿に討たれたのじゃのお。忘れておった。義元殿、来年の末は歌など嗜みながら信長が討たれるのを共に見ようではありませぬか!」

なんとここで信長に討たれた者達が一致団結したのだ!

そして珠姫が金沢弁で言った!

「私にいい考えがあるげんよ!義元殿、歌を嗜むげんて!私がその歌を用意するげんよ!歌を嗜んで今、この世を楽しんだらいいがいね!」

茶々が関西弁で、

「珠ちゃん、歌を用意するてどないすんのん?なんか方法あるんかいな?」

と聞くと珠姫は金沢弁で、

「木村食之助に書かせるげんて!簡単やわいね!」

茶々は関西弁で、

「ほんまかいな?」

と言うと珠姫は金沢弁で、

「ほや!。上方にからある物を木村食之助に贈ればいいげんよそれで大丈夫ねんて。」

勝頼が、

「それは何でございますか?」

と聞くと珠姫は標準語で、

「551の蓬莱の豚まんです!」

と!

すると茶々は関西弁で、

「ほんまや!私が結城禿晴にしばらく世話になっとった時、禿晴が言うとった!」

珠姫が、

「何を?」

と聞くと茶々は、

「禿晴は木村食之助には551を贈っといたら曲を書くんやわと言うとった!」

珠姫は、

「やっばり!」

と間髪入れずに言った。

今川義元もその気になっているのか、

「ほう、551の豚まんでのお。」

と言った。

勝頼はこれはチャンスと思い、

「珠姫殿、なんとか木村食之助に豚まんを贈ってこの話を進めて下さらぬか!」

と頼んだ。

すると茶々が関西弁で、

「551やったら私がなんとかするわ!大阪は私も討たれたゆかりの地やねん!なんとかなるわ!」

と!

なんと今川義元も、

「そうでおじゃるの、戦などやめて歌でも嗜むか。七十代のジジイにも負けとれんでなあ!」

勝頼が、

「そうしましょう!それが何よりでございます!」

と喜んで言った。

その時茶々がスマホで誰かに電話をかけていた。

茶々はその場で早速電話をして、

「あっ、みっちゃん!元気?あんな、頼みがあるんや。551の豚まんを加賀百万石金沢小立野の天徳院に送って欲しいんや。送料はそっち持ちやで。大至急!お願いや!頼むで!」

とこのようなやり取りを?

電話を切った茶々に珠姫が、

「みっちゃんって誰?」

と聞くと茶々は、

「ああ、石田三成。」

と!

なんと石田三成は生き返って大阪で暮らしていた。

そしてすぐに551の豚まんを送ってくれることに相成った!

2019年末、今川義元と結城禿晴の争いはこの様に収まる方向に動いた。

後は木村食之助が今川義元の為に曲を書けば全てが収まる。

まずその前に551の豚まんだった。

珠姫がラジオをつけて茨木長坂守大光の歌を流したことが何より良かった。

加賀百万石金沢の‘ 音宝’の七十代のジジイ二人がこの争いを収めたと言っても良いだろう。

この事を結城禿晴はまだ知る由もない。

しかし結城禿晴も同じ様なことを考えていた。

福井の朝倉義景の元にたどり着いた禿晴は少し落ち着いたのか、

「そろそろアイツに551を贈っておかぬとな。まあ、安い事じゃ。551で曲を書きよる!」

禿晴は結城ひろしと言う名で歌を嗜んでいるが、ただいまアルバム制作中で、木村食之助とは上手く繋がっておかなくてはならない。

禿晴も電話をしていた。

「おう、みっちゃん、また551頼むわ!よろしくな!」

と言った電話の相手は石田三成!

なんと茶々が先程電話をかけた石田三成に結城禿晴も551の豚まんを頼んだのだ!

石田三成も思っていた。

何故今日、茶々と結城禿晴から豚まんを頼まれたのか?

不思議に思っていた。

さて、今川義元と結城禿晴の争いは収束に向かうのか!

それは全て551、蓬莱の豚まんにかかっていた!

実はそれだけでは無かった!

木村食之助は‘ 出たら芽’と言うユニット名で謎の歌手達と活動している。

2020年早々にはアルバムもリリースする。

そのアルバム収録曲の中に、なんと「551」と言う曲があったのだ!

木村食之助が力を入れて書き上げた曲だ。

この様に2019年から2020年にかけては三つの数字「551」が鍵を握っている!

いかなることになるのやら?

つづく(たぶん)

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