おまえはアホか!

楽曲を提供している歌手が、「その曲、女性用のKeyに換えてお願いします。」と。

ここまでは良かった。

そのあと、「そういうの直ぐに出来るんでしょ!」と?

俺はすかさず、「おまえはアホか!」と言ってやった。

これだからカラオケ育ちの歌手はたまらん。

そいつはちょっととぼけたヤツだからまだ笑って許せたがたまに切れそうになる。

Keyが変わったら楽器っていろいろ考えないといけないことがあるんだと分かって欲しい。

カポタストでどうにでもなるってわけじゃない!

胸にパットを入れて大きくなるだけで片付くような物ではないだろう!

そこのところだ!

平成から令和に!

平成から令和に!

平成の終わりはリン・チェン・ハオーのレコーディングで終わった、

なかなか充実した平成最後の日を過ごせることが出来た。

今日は午前中に結城ひろしが約半年ぶりにレコーディングした。

今日は病み上がりということで、探る程度と考えていたが見事に裏切ってくれた。

想像以上に復活、いや、以前より力を抜いて丁寧な「雨夜」を歌った。

その歌は心がこもって、まだまだな所はあっても人に聴かせる歌だった。

完全にこれまでとは違う立ち位置で歌っていた。

それは歌詞を完全に自分に叩き込んで歌う歌だった。
歌詞を目で追う歌では無かった、

これまでみんなに言ってきたことだが、レコーディングとなると緊張して歌詞が出なくなるからと言って譜面立てに譜面を置いて歌うことが多い。
しかし今日の結城ひろしはそれもせず、間違わずに歌い切った。

当たり前のことなんだがレコーディングとなるとなかなか出来ない。

以前からそうやって歌う人もいるが、やはりみんなに歌詞を目で追いながら歌うことはやめて欲しい。

平成最後の素敵な贈り物だった。

そしてリン・チェン・ハオーは天埜めぐみのリードで‘ 無い色気’を引き出し(笑)以前よりいい歌を歌った!

みんなとても歌を研究して歌いこんでいることが分かるので作家としては嬉しい。

最近、みんなと話していることが、視野を変えて自分を見ようということ。

平成、たしかに戦争も無く良いことも多くあったが、災害は、あちらこちらで起こり大変な時代だった。

それと、携帯電話、スマホなどの急激な進化は本当に良いことだったのかと疑う。

世の中のあらゆるものが見えるようになり、簡単に手に入る時代になったが、見えなくても良いものが簡単に見え、簡単に手に入ることで価値観が無くなった時代でもあった。

人が見えすぎる光景にも疑問を抱くようになっていた。

人との繋がり、これも多くの人と繋がるツールがあるのはいいが、本当に自分に必要なものだろうかと考えていた。

そして昨日、Facebookのアカウントを削除した。

自分としては一方通行で宣伝を中心にしていたので、人の投稿は一切見ていなかったこともあり、場合によっては失礼に当たるかとも思ったのも削除した一つの理由。

本来なら削除してもしなくてもいいのだが、新しい時代を白紙で迎えたくて削除した。

そう、もう還暦も過ぎたが、この歳なら白紙にしても下地に模様がついているだろう。

その模様の上で改めて自分を見つめて令和を生きようと決めた。

昭和30年、平成30年。
キリよく時代を渡らせて頂いている。

Heavy Birthday

この春をどう過ごすかは自分の心次第。 
「春」、歳を重ねるごとに重くなる季節だった。
“ だった”と書くからには過去のこと。

いや、今年の春で重い春は終わらせる。

その為に書いた曲が「桜」。

今年の3月19日、母が亡くなって18年になる。

私は親孝行と言うことをひとつもやっていない。
しかし私の娘は昨年、私の還暦の誕生日に結婚式をグアムで挙げて招待してくれた。

もうこれ以上無いような親孝行を娘から受けた。

嬉しかった。
しかしこの娘の親孝行が私に与えてくれたのは喜びだけではなかった。

それは「反省」だった。
そして「後悔」だった。

そして母に何一つ親孝行していない自分を恥じた。

音楽を続ける。
これは母のおかげで出来たようなもの。
しかしその音楽で母を喜ばせることは出来なかった。

母も音楽は好きで音楽の価値をよく分かっている人だった。

だから母は音楽を続けることで何一つ文句を言ったことも無かった。

しかし音楽を続けてきたと言っても自分の好きなことを続けているだけで自分一人食べていくだけで精一杯。

食べていけない時は母に助けて貰ったことも多々あった。

こんなことやって続けて来た音楽に本当に価値があるのか?

約10年前、そんなことを考え始めるようにもなった。

しかしよく考えてみたら自分には音楽以外に出来ることは無い。
いや、あるだろう。
その気になれば。

しかし、ここまで続けて来た音楽、力を貸してくれた母の為にも自分の音楽のやり方を変えて続けようと思うようになったのは五年ほど前。

それから自分のスタイルを変えて曲を作り楽曲提供をするようになった。

そして2016年、「冬はアトリエ」と「春はアトリエ」という曲で、母が闘病して亡くなった冬と春を描いた曲を書いた。

「冬はアトリエ」は鶴見尚樹さん、「春はアトリエ」は寒雲さんが歌って下さっている。

しかしこの二曲、その季節をぼんやり描いただけで、歌詞の中に母の存在を明確にしていない。

しかし今年書いた「桜」は母の存在を歌にしっかり刻んで書いた。


では何故この「桜」を書こうと思ったか?

それは、もうこのような重い春にピリオドを打つため。

還暦を過ぎてどうも心の中の景色が変わりつつある。

これまではスルーしていたことが出来なくなって来ている。

「反省」と「後悔」ばかりが後に着いてくる。

「反省」「後悔」も必要なことではあるのだが、もう後戻り出来ない自分の人生。

還暦を超えた今こそ前向きに貪欲に生きなくてはならないのではないかと判断した。

その為にもこの春、しっかりと「反省」と「後悔」をして、この重い春を終わらせようと決めた。

その「反省」と「後悔」、そして母への謝罪の気持ちを込めて作ったのがこの「桜」となった。
そしての自分を戒める為にも。

しかし聴いてみるとやはり重い曲になってしまった。

余計なことは考えず書き並べた言葉の意味に合うようなメロディーを付けた。

実はこの曲、別に書いた曲を修正したものだ。

本当は違った形で「桜」をテーマにした曲にしようと思っていた。

しかしそれを変更して歌詞を変えて、そしてメロディーも変えて出来上がった曲だ。

そして今回は作詞で天埜めぐみさんに少し力を借りたが、オケは打ち込み中心で自分一人で手掛けた。

この曲、聴く方には迷惑かも知れない。
人に聴いて貰おうという気持ちは考えず、自分の「反省」「後悔」「謝罪」の気持ちを埋め込むような気持ちで作った曲だから。

そして3月19日の母の命日ではなく、3月15日、母の誕生日に配信リリースして贈ることに決めた。

こういう曲を残すことで、自分にもしっかり刻む。

残りの人生、どれだけか分からないがこれからはもっと心を大きく多くのことを受け入れ、母が続けさせてくれた音楽で人に喜んで頂けるよう人生を見つめ直すことに決めた。

誕生日、おめでとうございます。
そして最後に凜香と花梨。短期間の間によく歌って下さりました。
御礼申し上げます。

 「桜」凜香と花梨 配信中!

https://linkco.re/NMHfQM9A

内職

毎月¥980,-
Google play music

これのおかげでついつい夜更かし。
気がつけば4時ってことも!

昔は神戸から阪急電車で十三へ、そして乗り換えて京都四条河原町へ。

そしてジャンクショップへ!

レコードを買いに行くのに大阪を飛び越えて京都まで!
三都物語だった!

そうしないと手に入らなかったレコードが多くあった。
ブルース、ソウル、ジャズ、ワールドミュージックと・・・

それが今はレコード、CDではないが、Google play music、Apple Music、Spotify、などで、月に¥980支払うと直ぐに聴けて、1枚1万円もするレアな音楽も聴ける!

この¥980、安いか高いか?

僕らのような音楽バカにとっては安過ぎる。

しかし音楽を聴かない人にとってはずいぶん高いと思うらしい。

確かにそうなのかも知れない。

しかし音楽バカにとってはこれでは物足りないんだな。

出来たらレコードかCDの音楽を傍に置いておきたい。

こんなこともある。

AmazonでCDを購入したにも関わらず、早く聴きたいからストリーミング再生では物足らず、ダウンロードして購入。

そしてCDに焼く。

そして翌日AmazonからCDが届いて大満足!

大好きな音楽はそこまでしてしまう。

もうこれは病気の域だ。

まあ、そんな病気の域に達した音楽愛好家に、好きな音楽を、音楽全般で捉えて書いたブログ、ギターを中心に捉えて書いたブログを書いて欲しいと依頼があった。

これは僕の病状を分析でもしようとしているのか?

まあ、それに近い。

しかしこれを書くことでギターが安く買えたり、弦を貰えたり、サンプル盤を貰えたりと特典がついてくる。

そして書き始めたブログがこれ!

“ きむらな音楽”
http://kimuranaongaku.com

“ ギター!なお!”
http://guitarnao.com

そしてウクレレまでにも手を伸ばし!
“ 木村象のウクレレ職員室”
http://ukuleleIke.com

“ ウクレレ通り歌屋本店”
http://ukulelestreet.com

これが“ 内職”です!

音楽を続けるために裏でこうやってコツコツやって、ギターを安く買ったり、細い弦を手に入れたりしてやり繰りしているのです。

どんな世界も甘くないな。

「ずぼら」のオケイコール「かんざらし」?

久しぶりにブログを。

今回はオケについてのお話し。

これはまだあまり話していないことだが、バンドなどで他のミュージシャンが絡んでいなくて、自分が全てのパートを編曲したオケにはタイトルを付けている。
勝手に!

例えば、まだ、叶茉利子さんの配信しかしていない、「季がさね」のオケ、そして鶴見尚樹さんがアルバムで入れる「季がさね」のオケには城をタイトルにしている。

鶴見尚樹さんが歌う「季がさね」のオケのタイトルは、
「大阪城」。
叶茉利子さんが歌う「季がさね」には「小谷城」。
二つとも落城。

この二つの城のストーリーをイメージしながらオケを作った。

僕はオケの価値観というものをとても重要に思っている。

生でレコーディングしたオケがやはり一番いいのだが、やはり経費のことを考えたら生のオケほど贅沢なものは無い。

だから極力打ち込みの音を減らして、生の楽器を使って一人で全てのパートをアレンジしている。

だから!
一人で作るから、オケを単なるオケにしてはいけない。

オケだけでも作品になるようにと考えて作っている。

そこで、その曲のタイトルを考えて作るより、オケはオケ、独立した作品として作ることで、出来上がった曲がより面白くなることに気づいたのは三年前だった。

きっかけは結城ひろしの「ずぼら」だった。
今初めてこの「ずぼら」のオケのタイトルを明かすが、そのタイトルは、
長崎県島原市の「かんざらし」

「かんざらし」と「ずぼら」はなんの関係も無いのだが、島原は水が綺麗な町。
街の中のあちらこちらで湧水がある。
そして「かんざらし」という名物がある。

白玉粉で作った小さなお団子を島原の湧水で冷やすことにより、独特のモチモチ感が!それに蜂蜜や砂糖等で作った特製の蜜をかけたものが「かんざらし」。

その湧水があちらこちらにある町をイメージして作ったのが結城ひろしの「ずぼら」のオケ、「かんざらし」。

最初のピアノのフレーズは島原の湧水から流れる綺麗な水をイメージしてアドリブで。
そこへ島原ならではの和風のギターをイメージして絡めて仕上げた。

そしてギターのアルペジオは単純なのだが、島原の有名な甘味処、「銀水」の前の静かな湧水を思い浮かべて淡々と。

トータル的に和風のエッセンスを取り入れることを意識して作り上げたのが「ずぼら」のオケ。

和風と言えば京都、そしてこの金沢となるのだが、結城ひろしは島原をウロウロしていた方が似合う。

まあ、僕としてはこうやってオケをアレンジして作っている。

これまで歌手にオケのタイトルや詳しいことは伝えたことも無い。

しかしこれからは伝えようと思った。
生で作ったオケというのは、ギター、ピアノ、弾いている楽器に弾いている人の思い入れがあることを知って歌って欲しいから。

レコーディングしていて、オケを単なる伴奏として歌っている人が多すぎる。

楽器を弾く人は、その音の意味を知っているからオケに絡むが、単なる伴奏と思って歌っている人の歌はいくら上手でもオケに絡まないから奥行きが無い。

最近レコーディングする時、バックで流れているコード(和音)の構成音を聴いて貰って、その和音の響きの中に歌のメロディーが存在することを知って貰い、そのコードの響きが誘ってくれる歌い方に気付いて貰うことを確認しながらレコーディングしている。

これまではやらなかった。
と言うより、やはり歌手もただ上手くなるばかりではなく、そろそろ次のステップに進んで貰いたかったから始めた。
オケに絡むことが出来る歌手になって貰いたい。

僕のギター、曲作りにしても同じ。
まだまだ見えていないことばかり。
恐らく一生見えないのだろう。

オケの話しから逸れたが、歌う人はオケというものを味方に付けて歌って欲しい。
もっと奥行きのある歌になるから。

だから僕もオケを単なるオケとして作らない。

最近、みんな頭を抱えて歌っている。
ピッチ感、リズム感、これまではみんなそれなりに大丈夫と思って歌っていたのだろう。

レコーディングしたデータでどれだけ修正をかけないといけないかを見せている。

それを見て自信を無くすだろうが、そこから生まれる謙虚な気持ちが歌を引き上げる。

やっとこういう時期になりました。

だから僕のオケの拘りもみんなに話すことにした。

僕もいつも頭を抱えている。
昨夜もある歌手に、何をやっても同じイメージになってしまう?
ワルツのギターが下手くそで嫌になる!

と自分の弱さも伝えれるような関係で音楽が出来るようになったことに幸せを感じる。

長くなったが結城ひろしの「ずぼら」は僕は長崎県島原市の光景を思い浮かべてオケを作った。

先日配信したHANASHI-GUYz BANDの「残像」でイントロのギターはサカリがついた猫、間奏のギターは親イノシシを追いかけているウリ坊を意識してギターを弾いたと書いたが、本当にそう!

上手く弾こうとか思って弾くより、そう思ってギターを弾いたら思いがけないフレーズが出てきたりする。

音楽、決められた枠など無いし、決められた枠を飛び越えた所に自分にしか無い音楽が生まれる。

I will go forward with tomorrow with my whole life !